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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(れ)2339号 判決 1949年11月17日

主文

本件上告を棄却する。

理由

東京高等檢察庁檢事長佐藤博上告趣意について。

所論は、原判決にはその認定した事実に対して法令を正しく適用しなかった違法があると言うのである。すなわち『原審の認定した被告人大久保と下沢との間に行われた会談の事実とその内容、その行われた具体的環境と事情とを尠しく分けて考察すると、(一)大久保の過去における行政官として又政治家としての経歴は、原審認定の通りであって、そこにうかがわれる大久保の実力と勢威と聰明とはなみなみならぬものがあり、(二)その大久保が他に回る心算ではあっても、税金を納めるべく彼自身運転手の動かす自家用車に乗って滝野川区役所へ行くというその道すがら、記録に見られるような辻嘉六という人物の邸宅を訪れたのであり、(三)辻邸には辻は逗子へ静養に行って不在ではあったが、下沢秀夫が居り、(四)その下沢は辻の秘書格といわれているが、記録に示されたような政治的経歴を持っていて、唯の所謂鞄持以上の人物であり、(五)この下沢は又遠からず必ず逗子の辻を訪れて留守中の出來事を報告する者であり、(六)この下沢を相手にして被告人大久保は原審裁判所認定のように、「大滝君等はあのまゝでは遂に行くところがなくなって仕舞う」という感慨を述べたのである。……この大久保の述懐の内容は、大久保が意図すると否とに関係なく、下沢を通じてその侭の形でか又は変った形をとってか、必ず辻に伝わり、場合によっては問題となった大滝一派の代議士等が民自党への復帰という純粹の形ではなくとも「何等か現実の政治に影響を与える」動力となり得るものであるから、……昭和二二年勅令第一号特にその第一五條の立法趣旨と経過から観て、覚書該当者としての大久保には禁止された「政治上の活動」の意義を持つものであって、該法條を適用して処罰すべきであったのに、その挙に出でなかったのは擬律において錯誤あり』と主張するのである。

しかしながら、原審は自ら直接的に審理した結果と全記録に存する数多くの証拠とにつき、極めて細心の注意をもって互に比較考量し、証言内容の虚々実々を丁寧に吟味し、実体的真実の発見に努め終始誠実な態度をもって愼重に事実の認定をしているのである。そして、論旨主張の前に掲げた(一)ないし(六)の事実中、「そこにうかがわれる被告人の実力と勢威と聰明とはなみなみならぬものがある」との点及び「この下沢は又遠からず必ず逗子の辻を訪れて留守中の出來事を報告する者である」との点は原判決の明らかに認定していないところであるが、その余の点は被告人と下沢との間に行われた会談の具体的環境と事情として原判決も大体において認定している。しかしながら、原判決はそればかりではなくもっと突込んで当時の情勢として、(イ)「昭和二三年三月一五日日本自由党が解散し、新に民主自由党が結成せられたが其の際大滝亀代司外約七名の代議士等が之に参加せずに新に日本自由党を結成したこと」、「大滝一派の日本自由党は、保守大合同を目標とし併せて旧日本自由党幹部の刷新と民主的運営を期する所謂反幹部的氣運に基いて結成せられたものであって、政界の情勢に急激な変化のない限り、新日本自由党結成後未だ一箇月も経過しない昭和二三年四月二日頃の本件行為当時においては、同人等において民自党に復帰する意思があったものとは認められない」こと、(ロ)「辻一人の意見によって容易すくその去就を決するものとは認め難い」こと、(ハ)「辻においても新日本自由党結成に当り所謂残留組の行動に賛意を表していたのであるから、同人等の民自党への復帰について斡旋の労を執ろうとする意思がなかったことが認められる」こと、(ニ)「本件当時民自党幹部の間においては、大滝一派の民自党への復帰不許可の方針は略同党の党是となっていて、大滝一派の復党は実現困難の情勢にあったことが窺知せられる」こと、(ホ)「辻嘉六の民自党方面に対する発言権も、旧日本自由党鳩山総裁、河野幹事長時代に比し著しく弱化し、その発言が民自党幹部等から拒否されていること」、(ヘ)「辻の斡旋によってもその復党は困難と認めざるを得ない」こと、(ト)「本件当時被告人において下沢の主張するごとき発言又は申出をなす必要ないし事情が存在したと認められる証拠は全く見当らない」こと、(チ)「被告人において覚書該当者は政治的活動を禁止されていることを認識していたこと」「被告人は追放後ポツダム宣言の趣意を体して政界との交渉を絶ち、専ら実業方面において活動していること」を認定しているのである。そして、これ等のすべての環境と事情の下において、被告人が下沢との間における僅か三〇分前後に過ぎない四方山の雑談中に談たまたま大滝一派の消息に及んだので、同人等の行動について「大滝君等はあのままでは遂に行くところがなくなって仕舞う」と單なる所感を述べたに過ぎないものと推断せざるを得ないと原判決は認定したのである。そしてさらに、原判決は、「前敍の如き情況の下における被告人の大滝等の行動に関する所感の発表は、下沢との間における雑談中の一話題に関するものであって、被告人において何等政治的意図を有したものとは認められないから、仮令その所感が政治上の事項に関する場合であっても、夫れが旧知の者と相対しての雑談中に表われた一話題に関して政治的の意図なくしてなされたような程度のものは、公職に関する就職禁止退職等に関する勅令第一五條に規定する所謂政治上の活動に該らざるものと認めるを相当とする」旨をも判示しているのである。そこで、覚書該当者が同條により「政治上の活動」を禁止されているのは勿論であり、同條にいわゆる「政治上の活動」とは、原則として政府、地方公共団体、政党その他の政治団体又は公職に在る者の政治上の主義、綱領、施策又は活動の企画、決定に参与し、これを推進し支持し若しくはこれに反対し、あるいは公職の候補者を推薦し支持し若しくはこれに反対し、あるいは日本国と諸外国との関係に関し論議すること等によって、現実の政治に影響を与えると認められるような行動を言うものと解するを相当とすることは、すでに当裁判所判例の示すとおりである(昭和二三年(れ)第一八六二号、同二四年六月一三日大法廷判決)。また、覚書該当者の政治上の活動を処罰するには、いわゆる目的犯のように特に政治的目的ないし政治的意図は要件として要求されてはいないものと解すべきことも、前記判例において明示されている。ただ客観的行動の考察だけでは、政治上の活動に該当するかどうかが疑わしい場合においても、被告人の主観的意思の考察によって政治的目的ないし政治的意図をもってなされたときは、政治上の活動と認めるを相当とする事例の存すべきことは当然である。そこで、原判決は、目的犯処罰の場合のように、單に政治的意図がないから政治上の活動に該当しないと判断したものではなく、本件における諸般の具体的事情と環境の下において、前記のごとく客観的に考察しても、また主観的に考察しても政治上の活動に該当しないと判断したものである。從って、その判断は、正当であって前記判例の趣旨に反することもなく、法令に違反するところもない。上告論旨は、結局原審の自由裁量に属する事実の認定を非難するに帰着し、法律審に対する適法の上告理由として認めることはできない。

よって旧刑訴四四六條に從い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 真野 毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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